手放す事で見えだした自分の性質

 

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雨上がりのスッキリした青空の下を歩いていると、道路を掃除しているボランティアの方がいました。なぜだか無償に家に帰って片づけや掃除がしたくなります。掃除して道がきれいになっていく様子を見ていると気持ちよくなったからでしょうか。

毎日隙間時間に断捨離で物を手放すという作業をしておりますが、よくもまあこんなにも物をため込んでいたな、と我ながら感心します。 とても上手く収納されています。なので物の多さに気づかなったのです。

家事など他にもやるべきことが山盛りですので優先順位は家事です。家事がおろそかになるとリズムが崩れ何事もはかどらなくなります。断捨離はじめたからといって、何をおいても断捨離というのではなく、自分の生活に見合ったペースでやればいいと思います。リズムが崩れることで一人でイライラしなくてすみます。段取りよく出来ないことでイライラしてしまっては何のための断捨離かよくわかりません。

一気にする方がいいと言われる方もいますが、自分のペースでやるが一番です。

 

こちらは処分すると決めたもの

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ガラスの保存瓶です。Kombucha(昆布のお茶ではありません。)を大量に作っていたこともありこういった容器が山ほどあります。最近は以前よりたくさん作らなくなったのでこのガラス保存瓶が邪魔になりました。100均にもよく似たものはたくさん売られているのにわざわざ雑貨店やデパートの一角でそれなりの値段がするものを買い集めていました。

いちごマークがかわいいweckのガラスは使い道はいくらでもあります。野菜のピクルス漬など保存するのにぴったりです。そんな風に使い道を探し出すと、捨てるのやめようかと思ってしまいます。一度そういう思考になると断捨離は進みません。こういう時はちょっと休憩するほうが賢明です。あらためて、それは今必要か、という事だけを考えて断捨離を再開です。

「高かったから」「また使うかも」「まだ使える」という考えが少しでもよぎると、それはもう必要ない証でもあります。無意識に捨てずにすむ理由を探しているのです。

 

捨てると決めた後で見たどなたかのブログに私が今まさに捨てようとしているweckのガラスが可愛く紹介されていました。捨てるのやめようかな、と思ってしまいました。素敵な写真に影響されました。自分の使い方ひとつであんな風になれるのなら、同じようにしてみようか、と考えてしまったのです。この場に及んでまだそんな風に思うのか?と自分に対して呆れました。人は人。他の誰かがかわいく使っているからといって、同じようにはいきません。今の私には不要なのです。この複雑な気持ち、これもまた執着でしょうか。捨てるのがおしくなる。自分を否定したくないという強い気持ち。本当にあきれます。簡単に捨てれない時に、こういう感情と向き合うことになります。捨てる時に、思考も一緒に捨てます。結果、スッキリします。さっさと捨てればいいのです。

断捨離の自体は簡単なんです。ただ不要な物を捨てるだけです。

色んな理由をつけて捨てないでおこうとするのは過去の自分を否定することになり、みじめな気分になるからです。過去は過去。先々気持ちよく暮らすには不要なものは捨てるに限ります。

  

大量の物を断捨離して、自分を知ることになります。

たくさん持つことで優越感を感じてた自分。

人がいいと思ってる物は自分にもいいと思って買っていた自分軸のない自分。

捨てると決めてもなお捨てなくていい理由を探すちっぽけな自分。

捨てたあと、大切なお金を無駄に使っていたのだと後悔し反省します。反省は一度きりにしたいものです。

 ヘドロが出るほど嫌な自分と向き合って断捨離を続けていくと嫌な部分を受け入れて最後はそんな自分を許す。繰り返しです。

 

私が何故たくさん物を買っていたのかも捨てることで見えてきました。

買うことで満たされない何かを埋めていた。

たくさん持っていないといけないという不安から買っていた。

そういう理由からだったと思います。それ以外にもいつの頃からかため込む癖がついて大量の物持ちになってしまったのです。

満たされなかった心は今こうしてブログを書くという楽しみをみつけたことでうまりました。断捨離で物を捨てる苦しみを知った今、物を持つことに不安さえ感じるようになりました。少なからずも断捨離は人生を変えます。

新たな人生をはじめたいのであればまず捨てることからはじめてみてはいかがでしょうか。